日本同盟基督教団 軽井沢キリスト教会 本文へジャンプ
おもな公同信条


使徒信条 
我は天地の造り主、全能の父なる神を信ず。
我はその独り子、我らの主イエス・キリストを信ず。
 主は聖霊によりてやどり、処女マリヤより生まれ、
 ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、
 十字架につけられ、死にて葬られ、陰府にくだり、
 三日目に死人のうちよりよみがえり、
 天にのぼり、全能の父なる神の右に座したまえり。
 かしこより来たりて生ける者と死にたる者とを審きたまわん。
我は聖霊を信ず。
 聖なる公同の教会、聖徒の交わり、
 罪の赦し、からだのよみがえり、永遠のいのちを信ず。
アーメン。
 
ニカヤ・コンスタンティノポリス信条 
  我らは、天と地と、すべての見えるものと見えざるものとの創造者にして、すべての主権をもちたもう父なる,唯一の神を信ず。
 我らは唯一の主イエス・キリストを信ず。主は神のひとり子、万世のさきに御父より生まれたるもの、光よりの光、真の神よりの真の神、造られずして生まれ、御父と本質を一つにし、万物は彼によりて造られたり。主は我ら人類のため、また我らの救いのために天より降り、聖霊によりて処女マリヤより肉体を受けて人となり、我らのためポンテオ・ピラトの下に十字架につけられ、苦しみを受け、葬られ、聖書に応じて三日目によみがえり、天にのぼり、御父の右に座したもう。主は生ける者と死ぬる者とを審くために栄光をもって再び来りたもう。その国は終ることなかるべし。
 我らは、主にしてかつ生命を与えるものなる聖霊を信ず。聖霊は御父(と御子)より出で、御父と御子とともに礼拝せられ、ともに栄光を帰せられたもう。また聖霊は、預言者たちによりて語りたまえり。
我らは、使徒よりの、唯一の聖なる公同教会を信ず。
我らは、罪の赦しのための唯一のバプテスマを信じ認む。
我らは、死ねる者の復活と、来たるべき世の生命とを侍ち望む。
アーメン。
 ヘンリー・ベッテンソン『キリスト教文書資料集』(聖書図書刊行会,1962)
 
カルケドンの定式 
 そこで、聖なる教父たちに従い、われらは一同、声を合わせ、神性において完全であり、同時に人性においても完全である同一の御子、われらの主イエス・キリストを信じ告白すべきことを、人々に教えるものである。
 主は真実に神であり、また真実に人であり、理性を有する霊魂とからだとから成り、その神性に関しては御父と同質、同時に人性に関してはわれらと同質であって、罪をほかにしてはすべての点においてわれらと等しい。
 神性によれば万世の前に神父から生まれたが、しかも人性によればわれら人類の救いのために、神を生んだ人処女マリヤから生まれたもうた。同一なるキリスト、御子、主、ひとり子は二性から成り、この二性は混乱もせず、転化もせず、分割もせず、分離もしないものとして認められるべきである。
 この二性の区別は、一つとなったことによって少しも除去されることなく、かえって各々の特性は保持され、一つの人格と一つの存在に合体し、二つの人格に分離もされず分割もされず、同一の御子、ひとり子、言なる神、主イエス・キリストである。
 これは実に預言者らが昔から彼について宣べ、また、主イエス・キリスト自らがわれらに教え、教父たちの信条がわれらに伝えたとおりである。
 ヘンリー・ベッテンソン『キリスト教文書資料集』(聖書図書刊行会,1962)